連載コラム『Jコスト改革の考え方』 第 13回目
改善を財務会計で評価する
先回までの様々な改善によって,Order-to-Delivery-Lead-Timeは大幅に短縮され,ト−タル在庫も激減しましたから,その成果を此処で纏めるというのが当然の流れになります。
ところが,私達はその成果を表現する『会計学』についての共通の認識が未だ出来ていません。と言いますのは,弊社の経験からもの申せば,殆どの会社組織では,生産工程の改善を進める立場の人の多くは,
- 作業員として会社に入り,Leader,職長,課長と出世した人
- 技術者として採用され,生産技術関連から製造課長,製造部長というキャリアの人
経済学部出身と言われる方達でも,『会計学』を学んで居る人は少ないのが現状です。
頼みとするのは,現在社内で会計に従事している方々なのですが,入社と同時に経理部門に配属され,その会社の伝統的な事務処理方法で特訓を受け,脇目せずに教えられたように黙々と業務をこなしているのが通例で,世間一般の会計処理と自社のやり方の違いを客観視できる程精通して居る方は希です。
つまり,現場の改善成果を柔軟に評価出来る方は希で,自社伝統の方法でしか評価出来ず,現場の努力を水泡に帰してしまうという残念な結果が多く見られます。
それ故,
『【A】会計を知らない改善マン』VS『【B】改善を知らない会計マン』
という悲劇的な構図に陥っていて,【A】と【B】を繋ぐKeywordが『【C】Cost
Down』と『【D】ムダ取り』のみとなってしまっています。
この【C】と【D】は分かり易いキャッチコピーであるため,やれば会社にどれだけ貢献するかの検証の無いまま,中世ヨーロッパの魔女狩りのように暴走してしまい,製造現場では,熟練工が給料の高さを理由に解雇されたり,人材派遣業に依存したりして,ノウハウの伝承や変化への対応力を失い,日々劣化してきています。
大企業でさえも,【C】や【D】をやり過ぎたために,いつの間にか法律から乖離した形になっていた検査法が指摘されたり,データ改竄が為されたりしています。
弊社は,顕在化したのは正に氷山の一角で,殆どの会社が,同じ病気に冒されていて,企業間にドンドン伝染し,ドンドン発病して行く恐れがあると感じています。
たまたま先日,東大CARFセミナーで飛田甲次郎先生のTOC(制約理論)の講演を拝聴しました。その中で『Cost Downと言う疫病が蔓延し 社会を蝕んでいる・・・』と言う主旨のお話しがあって,意気投合しました。
そこでの結論は,改善マンは『会計学とその限界』を知り,『自らの総合判断』で改善に取り組むべきであると言う事でした。
そこで,本稿でも,改善効果の測定をする前に,私の学んだ会計学の概要を御説明し,自社のやり方と違った効果測定もあることをご理解して頂けるようにしたいと思います。
13-1.会計学の始まり
会計学の起源は,1600年頃,英国はインドに,ほぼ同時期にオランダがインドネシアに植民地支配するための組織『東インド会社』を設立した時にあると言われています。
其れまでは,資産家が自ら事業を経営し利益を上げてきましたから,利益計算は資産家自身が納得出来れば良く,夫々が独自の計算をしていたと言います。
ところが,一国を植民地として支配する事業には膨大な投資が必要で,その金額は一人の資産家だけで済むような額ではありませんでした。そこで多くの資産家投資をして一つの事業をすると言う事態になったのです。『株式会社』の誕生です。
ここから,事業主は資金提供を受けた複数の投資家に対して事業内容を公明正大に説明し,利益還元(配当金の支払い)をするSystemが完成されていきました。この公明正大なお金の計算方法が『会計(Accounting)』と名付けられ,お金の使い方,事業展開のやり方等を出資者に正確に報告することを 『(Accountability)説明責任』と名付けられました。此処では,資金がどのように集められて来たかと,何処にどのように使われたのかを同時に記載する『複式簿記』が使われていたということです。
その後,第一次世界大戦で欧州に火薬を売って巨万の富を得た米国のDu Pont社と,世界一の自動車メーカーになったGMが,巨大企業を事業部制にして統括する等々の複雑な資金運用の仕組みを作り上げ,其れに適したように会計学に改良を加えたものが『米国式会計制度』として,全世界の標準になったと言います。
各国の政府にとっては,民間会社の事業収益に課税して得られる『法人税』は貴重な財源ですから,平等にかつ計算しやすいように,法律で費目名や仕訳の定義を事細かに決められています。その法律に従って一年間(多くは4月1日〜3月31日)の間,お金をどう使ってどのように儲けたかを『財務諸表(決算書)』に纏めて,公認会計士という第3者機関の承認を得て株主への公開と当局に届け出ることが義務付けられています。
この会計は各国の政府に届け出て,税金を払うためという意味では『制度会計』と呼ばれ,世界中の投資家に報告し適正な配当金を払う意味では『財務会計』と呼ばれています。
その財務諸表とは,
- 損益計算書(PL;profit and loss statement)
- 貸借対照表(BS; balance sheet)
- キャッシュフロー計算書(CF;cash flow statement)
愛工大の柊先生は,@ABを一頁に纏めてお金の流れを説明しています。(第13−1表)
会社の中のお金は時々刻々複雑に動き回っていますので,正確に把握することは困難です。そこで決算期の終わりには会社は業務を停めて,全ての在庫と帳票を突き合わせします。
棚から下ろして突き合わせすることからこれを『棚卸』と言っています。
左の『損益計算書(PL)』は,前期棚卸から今期棚卸までの間にどれだけの商品を売ったかの売上高を示し,売った商品に相当する掛かった費用(仕入れ値と直接人件費等)が,売上原価になります。仕入れても売れなかったものは棚卸資産として扱います。
- 売上総利益(粗利)= 売上高 − 売上原価
- 営業利益 = 売上総利益 −(販売費・一般管理費)
粗利がどれだけあるのかが商売の要で,どれだけ魅力的な商品か,その原材料は如何にコストを抑えているか・・・・等々商品企画・設計・購買等本社機能の力で決まります。
販売費は宣伝広告や値引きに使ったお金です。自動車業界では,販売店に販売奨励金として多額の費用を準備し,メーカー間の値引き合戦の原資になっています。
また,一般管理費とは,間接部門(本社等の維持費,管理職費用等々)の費用を言います。
さて,上表の中央にあるのが『貸借対照表』で,棚卸の瞬間の会社に於けるお金の状態を表しています。左側の『貸方』には,会社のお金がどんな状態になって居るかを表し,上から現金化しやすい順に並べる事になって居ます。それで上側に流動資産,下側に固定資産が来ています。
右側の『借方』は,そのお金は何処から調達したかを,同じく上から現金化しやすい順に並べてあります。上から短期的な借り入れを表す『流動負債』長期的な『固定負債』が並びます。一番下に通称自己資金という『純資産』を表し,資本金や利益剰余金等々がこれに当たります。
ところで,企業は赤字になると倒産するという誤解がありますが,日本の国家予算が示すように,平成30年間,歳入より歳出が多く毎年赤字国債を発行し続け,累積赤字が1,000兆円を突破しても,何故か霞ヶ関も平気でいます。
個人金融資産が1,500兆円あるから大丈夫というのが根拠のようですが,バブル崩壊を経験した者には,株や債権,地価は暴落しますが,借金の額はビタ一文減らないことを知っています。それ故心配になり,物を買わずにセッセと預金貯金します。銀行は物が売れないので民間企業への投資が鈍り,赤字国債を買わざるを得ない状態になり,負の連鎖が続いているのが気になるところです。
民間企業では,借金を払えなくなった(キャッシュが廻らなくなった)瞬間,倒産ということになります。それ故キャッシュフローがどうなっているかを監視することが必要で,そのための帳票が右にある『キャッシュフロー計算書』になるのです。
経営者間では,短期的に利益を出す方法は,増産することであることが知られています。増産すれば配賦される固定費分が減り,相対的に売上原価が減り,売上総利益が増えます。
貸借対照表では売れ残った分は貸方で棚卸資産(財産)増として計上されます。借方では買掛金,支払手形等の増加となります。そして総資産の増加になります。
この手法を停めるために,『キャッシュフロー計算書』が登場したとされています。と言うのは,営業キャッシュフローの欄で,在庫増加と仕入債務増加が計上され,上記の短期的利益の出し方をすると,資金繰りが悪くなることが顕在化してくるので,ぞうならないようにブレーキ役を果たしているのです。
13-2.日本の財務会計の問題点
財務会計は,過ぎ去った一会計年度(1年間)の儲けが幾らあったかを報告するものですから,会社運営を操船に例えて言えば,過ぎ去ったある時間の『航海してきた航跡』を示しているに過ぎず,今この瞬間,加速すべきか,舵をどう取るべきかの情報はありません。
とは言うものの,欧米では週に一日,休息日を作って神に感謝すると言う宗教的理由から,生活全般が1週間単位になっていて,給与は週給,決算も週単位,決済も週単位になって居ると言います。つまり,経営のP⇒D⇒C⇒Aの管理のサイクルが週単位で廻っていることを意味しています。
過ぎ去ったことの計算しか出来ないと言うものの,先週の状況を知っていれば,今週何をすべきかということはある程度分かります。年間52回廻っていることで,柔軟な対応が期待できます。この事から,年4回,四半期毎(13サイクル毎)に財務諸表を出し,激動する市場にどう立ち向かっているかを株主に報告しているのです。
一方日本では残念ながら,江戸時代は盆暮れ(年2回)の勘定でしたのが,明治になって月次に代わり一応の進歩はしたものの,そのまま今日まで来てしまっています。 経営のP⇒D⇒C⇒Aの管理のサイクルは欧米の52回/年に対し,たったの12回/年しかありません。欧米流の四半期毎の財務諸表を出しても,3サイクル廻した結果ですから,精度は期待出来ません・・・。
1990年ベルリンの壁が崩壊した後の世界経済の変化の速さに追従出来ず,日本のものづくりがズルズルと衰退していった要因の一つは,欧米の52回/年に比べて圧倒的に数ない,12回/年という日本独特の月次決算にあると弊社は考えて居ります。
次回は. 改善活動の成果は財務諸表の何処に現れるのか 等についてお話しします。
2019年2月
(株)Jコスト研究所 代表 田中正知