株式会社 Jコスト研究所

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J-Cost Research Center

連載コラム『Jコスト改革の考え方』 第 16回目

先ず7月から約半年間も連載を休んでしまったことをお詫びします.この間多くの方から楽しみにしているから・・・・等のお声を掛けて頂き,有り難う御座いました.今年は頑張りますのでよろしくお願い致します.

A社の大改革顛末記
〜Total- Lead-Time短縮改善をしたらどうなったかの顛末〜

16-1.当時のSupplierの改善活動

今からお話しする内容は,トヨタで本当にあった事例です.1998年,今から29余年前にことですが,物流管理部長職を役職定年で譲り,私自身は部付き主査という立場でトヨタを代表して政府の諮問委員や,経団連の規制緩和委員として社外で活動する一方で,物流部門の改善TeamのLeaderとして関連会社の改善を進めていました.此処で紹介しますのはその改革活動での出来事です.

『トヨタ生産方式』の総本山的存在である『生産調査部』が関与する改善活動には,『自主研修活動』と『支援活動』の二種類がありました.

前者は通称『自主研』と呼ばれ,志を同じくするSupplier各社が持ち回りで改善を学ぶ会場と昼食券を提供し,その場で各社が教師役と自習生をセットで派遣(出張扱い)し,トヨタがインストラクター役を受け持ち,改善のノウハウを学びあうもので,改善成果は会場会社の場所代とされてきました.『自主研』の現場では,各社,各自は全く対等で,真摯に真理の追究に邁進し,各自の名誉に懸けて真剣な討議が成されていました.ここから改善手法が生まれ,伝承されていきました.

一方『支援』は,問題が発見されても自社だけでは解決できないとSupplier のTopが判断し,トヨタ側に要請されると実施されるもので,トヨタ側から指導員が無償で派遣され,Supplierの改善部隊を指導して問題解決に当たる仕組みを言います.

改善の成果はトヨタ側とSupplier側のトップに報告されますが,購買関係者には伝えられず,納入価格には一切反映されません.

16-2.A社三代目社長からの依頼で支援開始

物流部門の取扱品の中で,故障修理に使うランプやバンパーなどの自動車部品は,トヨタの物流部門で注文に応じて段ボール箱に個装して修理工場にお届けしますので,そこで使う段ボール箱の種類も使用量も膨大で,多くのSupplierから供給を受けていました.今回のお話しのA社は,それらの段ボールのSupplierの中では規模が一番小さいのですが,地元という事で永年お取り引きしてきた会社でした.そこの三代目の社長から『生産性向上』の依頼を受けて,我が物流管理部が『支援』することになりました.

先ずA社には社長直属の改善Team(専任)数名を組織して頂き,トヨタ側からは,段ボールの納入先である部品物流部から数名の改善要員と,その指導者として物流管理部から私の直属の部下でベテランの改善マンであるM課長を派遣(常駐)することにしました.

改善活動は定石通り,まずモノの4S(不要品の除去)から始め,仕事の4S(要不要,Timingの再確認),段取り替え時間の短縮,Layoutの変更と進めていきました.

特筆すべきは従来聖域とされていた事務作業を『情報加工工程』と見立て,製造現場における作業改善と同様の手法を使ったことでした.皆さまにも改善のヒントになりますので少し詳しく説明しましょう.

トヨタ側から見たとき,甲・乙・丙の梱包3工場の段ボール調達は『1-4-2のかんばん方式』を使った在庫後補充方式を採用していました.これは1日4回納入2回遅れを意味し,@便で持ち帰った『かんばん』分の納入は(実働8時間後の)B便で…,A便の分はC便で届ける…,という仕組みでした.

A社の現場では,トヨタの3工場毎に4時間間隔で出発し,平均3時間かけて納品して持ち帰った『かんばん』の山は,先ず代金精算のための経理部所属の事務員2名で品番別に担当して会計処理を行っていましたが,纏めて処理した方が楽と考え,『かんばん』が平均2時間分滞留していました.その後,生産管理部所属の2名が納品先別に分担し合って約1時間掛けて出荷荷揃えの指示をしていました.そのため,指示された製品を準備してトラックに積み込むまで2時間しか無く,出荷指示で生産する事などは思いも付かないことでした.

それ故A社は,当時の殆どの製造会社と同じように,完成品在庫をたっぷり持った上で,月度の需要予測を立て,生産効率向上を狙って大ロット生産をしていたのでした.

担当したM課長の改善Stepは,読者の皆さまにも参考になるように一般論でお話しします.

  • 改善の第1 Step…納品頻度による層別生産管理体制構築

    毎便納品する大流動品を【A】,日に1把以上納品する中流動品を【B】,それ以下の頻度の小流動品を【C】として区別し,【C】は週1回,【A】と【B】は毎日在庫後補充生産することにしました.トヨタ側が如何に平準化したとしても,全世界の御客様に注文通の補給用部品をお届けするのが使命ですから,日々の納品量には『うねり』があります.その『うねり』に対応するために【A】は,理論値より多めの最大在庫量を設定しておき,いつもより少なめの納品量の時に作り溜めし,いつもより多めの納品量の時,【B】の生産を優先し,【A】は在庫を取り崩す事で対応することにしました.

  • 改善の第2 Step…情報処理時間の短縮

    次にM課長は,トヨタ側から『かんばん』を持ち帰るところから,事務処理をし,荷揃えして出発するまでの業務をA社の改善Teamに徹底的に再検討させました.その結果次のような業務改善が成されました.

    1. A社の運転手はトヨタ側から持ち帰った『かんばん』を事務所に渡す時,【A】〜【C】に分類し,且つ若番順に整理して細かく仕切った棚に入れるように変更しました.
    2. 事務処理作業者は,棚から『かんばん』を若番順に書類箱に移し,現場のコンベア作業と同様に一列に並べその順番に
      @受付処理⇒A荷揃え指示⇒B会計処理を行う
      と言う風に,経理部と生産管理部の垣根を取り払って連続作業にしました.改善当初は4人で作業していましたが,慣れるに従って2人でも滞留無しでむしろ余裕を持って処理できるようになりました.
    3. その結果,『かんばん』を持ち帰ってから荷揃え指示がでるまでのLead-Timeは従来の1便分を纏めて出荷2時間前に出されるやり方から,出荷の約5時間前から逐次【C】⇒【B】⇒【A】の順に常に若番順に連絡が来るようになり,少ない人数で余裕を持って作業が出来るようになりました.

    従来は,製造した段ボール箱は製造部門の要員によって全数一旦完成品倉庫に収め,出荷管理担当は完成品倉庫からPickingして出荷場へ運んでいましたが,『生産計画』と『出荷指示』を連動させることによって,生産ラインから直接,工場別,便別に置き場を指定した『荷揃え場』に運ぶ(Sorting)事によって,完成品倉庫からのPickingの作業を一部省略できるようになりました.

  • 改善の第3 Step・・・浮いた要員で更なる在庫低減に挑戦

    1. トヨタからの『支援』の条件は,要員の解雇は絶対にしないこととなっていますので,余剰となった要員は,Layout等の変更と,段替え時間の低減に向けられました.その結果,【A】は1日数回生産し,【C】も週数回生産出来る製品も出てきました.これらによって完成品在庫は更に削減出来ました.
    2. 毎日小ロット多回生産が行われるようになりますと,使用する原材料は毎日ほぼ一定量使用することになり,Supplierからも小ロット多回購入でいけるようになり,原材料の棚卸資産は少なく出来ます.

16-3.A社への支援は大きな成果を上げた

改善の成果の総括

上記のような改善によって,A社は1年弱で下表のような大変革を遂げたのでした.

A社の改善前と改善後の変化
(稼働日換算)
完成品在庫 約20日分 ⇒ 平均3日分
仕掛かり在庫 約10日分 ⇒ 平均1日分
原材料在庫 約10日分 ⇒ 平均2日分
棚卸資産 約40日分 ⇒ 平均6日分
作業量 多残業 ⇒ 整然と定時+改善要員

この結果に改善に携わった全員が多いに満足しました.私はM課長の労をねぎらい,トヨタ側の関係者と旨酒を酌み交わしたのでした.もちろんA社の社長も大変喜んでくれました.

A社三代目社長の戸惑い

A社に対する支援活動を終了して数ヶ月した時,社長から支援母体であった物流管理部長と,推進責任者であった部付き主査の私に対して食事の招待がありました.

食事が進んだ頃合いを見計らって,やおら社長が座を直し深々と頭を下げてから切り出した話は,お礼の言葉と思いきや,なんと「今回やってくれた改善を元に戻したい」というお話でした.「父親から受け継いだ家業を目減りさせてしまったのではないかと不安でならない」と言うことであった.

彼にとっては,

満ち溢れる在庫
⇒ 彼の財産であり,誇りであった.
賃借対照表の資産総額
⇒ 自分の会社の大きさを表す指標であった.
走り回る従業員の姿
⇒ 商売繁盛の証拠であった.

それが完成品在庫を減らす為といって有給休暇を取らせ工場の操業を落とし,
倉庫にいっぱいあった彼の財産である在庫はガラガラに減り,
父親の代より大きくしたいと思っていた会社規模は総資産で見ると
増えるどころかドンドン減っていく…….
もしかして自分はしくじったのでは無いか?
三代目社長の不安はそこから来ていたのでした.

トヨタ側としては,折角の善意を踏みにじられた気はしましたが,取引先という関係だけなので,納期と品質さえ守ってくれれば,それ以上オーナー社長の意志を無視してまで押し通す筋合いではないので,了解してその場は終わりました.

16-5.会社を良くすると言うことは…?

今回のお話しは約20余年前の実話ですが,この三代目社長の言動を批判できるかどうか,私達は自らを反省してみる必要があります.

私達はオーナーであったり,管理者であったり,一従業員であったりとその立場は色々ですが殆どが会社組織の一員として生活しています.その会社組織がより良い方に向かって行って欲しいと願って居ますが,そのためには日々の自分達の業務をどの様に変えていけば財務諸表がどう変わり,その結果としてどの様な御利益があるのか……についての確たる知識を持ち合わせていない事に気がつくでしょう.

数年後,経団連と政府が肝煎りで設立したものつくり大学へトヨタからトヨタ生産方式を教える為に教授として出向し,一橋大学をはじめとする各大学の会計学の先生方と『トヨタ生産方式と会計学』について研究を進める中で,驚愕の事実を学びました.

その最たるモノは,在庫を減らすとその分の現金が手元に戻ってきますから儲けとなると考えがちですが,損益計算書(PL)では,粗利が減り,場合によっては赤字にもなりかねないという事実でした.

当時,A社の社長は私達には言いませんでしたが,あれだけ劇的な改善をやったのですから,財務会計上ではかなり大幅な赤字になったのでは……と推測し,慌てるのは無理も無いことと理解しています.

この社長のように,改善した後で財務諸表を見て慌てないように,次回以降 はトヨタ生産方式と財務会計の不整合に焦点を当ててお話しします.

2020年1月
(株)Jコスト研究所 代表 田中正知